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2012年3月

2012年3月19日 (月)

癌の治療

 1月13日は始発の列車で鳥取に向かいました。
 ハト吉はやっぱりキャリーの中で鳴き続けました。敷いてある毛布を噛みちぎったりするので人目を忍んで少しドアを開けなでてやったりしながらの2時間でした(^-^;

 大学到着は8:30。
 9:00少し前にO先生が来られたので診察してもらいました。

 先生「だいぶ大きくなってるね。このままだと食べられなくなるし痛みも出てくるだろうから取  れるだけ取って、その後局所の抗がん剤と温熱療法で残った癌細胞をたたくのがいいと思う。」
 私 「抗がん剤は副作用が心配なんで出来れば使いたくないんですけど・・・。」
 先生「局所投与だと全身には影響ないから副作用も今までほとんどないし、すぐにご飯も 食べる子が多いよ。温熱だけよりも効果が高いと思う。」
 私 「今は食欲もあって元気なんであまり負担にならない方がいいです」
 先生「今までやってきた例では翌日から普通にご飯も食べるから負担はあまりないと思うよ。」
 私 「それならお願いします。どれくらいの間隔で治療が必要ですか?」
 先生「最初は1週間間隔で4回、次に2週間間隔で2回、その後は月に1回で4回。これで6カ月は延命出来る。口腔内扁平上皮癌で6カ月もったらすごいよ。」

 6か月。
 たった6カ月・・・。

 頭では治療と治療結果の事が理解出来ているのに、心では「そんなの短すぎる」とショックでした。

 その時、私は「口腔内腫瘍で取りきれない場合の予後が悪い事は分かっていたけど、治療する側からされる側に立場が変わるだけでこんなにも「6カ月」に対する印象が違うんだ」と漠然と感じていました。

 6カ月 から 6カ月しか への変化。

 きっとハト吉が癌にならなかったら気付かなかったことでしょう。

 ハト吉の治療は再度CTを撮り腫瘍がどの程度拡がっているかを確認することから始めます。
 手術は超音波吸引器(腫瘍を超音波で液状化して吸引除去する機械。出血も少なく安全な処置が出来る)で出来る限り腫瘍を吸い取り、その後、抗がん剤を周囲に注射して鼻腔内の腫瘍や取り残した腫瘍細胞を高い熱をかけてやっつけるという段取りになりました。

 予定では午前中に始められるはずでしたが、急な診察が入ったため午後からの処置となってしまいました。
 ハト吉を入院ケージに預け、手術までの時間をつぶさなければなりません。
 何を見ても何をしていても考えるのはハト吉の事ばかり。

 「どうか手術がうまく行きますように。そして癌が全部取り切れますように。」

 祈るのはただそれだけです。
 藁にもすがる思い・・・そんな気持ちになったのは人生で初めてでした。

 午後1時、検査開始。
 麻酔をかけた所、急に血圧が下がりました。昇圧剤を入れ血圧を維持しながらCT撮影。
 結果、腫瘍が右目の裏まで入り、右だけではなく左の鼻腔にも拡がっている事が分かりました。
 おそらく取り切れないので温熱で鼻腔内の腫瘍をしっかりたたかなければなりません。

 検査後すぐに手術の段取りでしたが、診察がまた入り長引いているらしくなかなか先生が来ないので正直イライラしました。
 血圧が下がっているので麻酔時間を極力減らしたいのに・・・。

 結局30分くらい待って手術開始。

 ここでまた超音波吸引器が動かないというトラブル。
 とりあえず通常の方法で手術を進めましたが私はもう泣きたいような気持でした。
 器械を調整しているとやっと動き始めたのでそこからは腫瘍を順調に吸引し、手術自体は30分程で終わりました。

 次は温熱療法です。
 抗がん剤を鼻腔内と周辺の組織に注射し、癌細胞は死ぬけれど正常細胞は大丈夫な45℃以上の熱をかけていきます。
 大体48℃くらいになるように30分くらいかけて組織を温めました。

 処置が終わったのは午後3時半くらい。
 2時間半も麻酔がかかっていたためハト吉の負担は大きかったようで麻酔を切っても血圧は上がらず心拍数も80と下がっていました。
 自力で呼吸もしていないため人工呼吸をしながら麻酔が覚めるのを待ちました。
 今まで麻酔でこんなに弱った事はなかったので「このまま死んでしまったらどうしよう」という不安で胸が張り裂けそうでした。
 手を握り、心の中で一生懸命「ハト吉頑張れ、頑張れ」と呼びかけました。
 その思いが通じたのか徐々に自発呼吸が戻り、通常より時間はかかりましたが順調に麻酔から目覚めてくれました。

 入院ケージに戻されたハト吉はしばらくふらふらしていましたがそのうち元気な声で鳴き始めました。
 担当の学生さんがケージの前に座り様子を見ていてくれたので「ありがとう」と声をかけると「かわいい子ですね」と言ってくれたのが本当に嬉しかったです。

 私がいると出たがって暴れるのでハト吉のことはお任せして少し外を歩きました。
 雪が積もっていますがさわやかな青空が広がっていたのを覚えています。

 無事終わってよかった。

 心からホッとしました。

 

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2012年3月13日 (火)

癌の経過②

 年末に大学で診察を受けてから手術までの経過を簡単に記録しておきます。

 年末年始は妹夫婦も帰省し、私も31日に主人の実家に顔を出した後は一日中実家でハト吉と過ごしていました。
 
 ハト吉には当時次のような治療をしていました。

 ☆ ピロキシカム(非ステロイド系消炎鎮痛剤で抗癌作用もある) 1日おき1回
 
 ☆ フコダイン(こんぶから取れる抗癌作用があるとされる物質) 1日1回1包

 ☆ 抗生物質

 これらは大学病院からの処方でした。

 さらに口腔内の腫瘍に効果が高いというので「ミサトール(梅抽出物)」というサプリメントを1日に半包飲ませていました。

 
 大変だったのはフコダインとミサトールでした。
 
 フコダインは粉状の物ですが缶詰に混ぜると変な粘り(昆布のぬめりのよう)が出て食いしん坊のハト吉でもなかなか食べてくれませんでした。

 ミサトールトロリとした液状のサプリメントでなめてみるとしょっぱくてやや酸っぱい味で飲ますのに一苦労でした。缶詰に混ぜても残すので、少し薄めてシリンジで直接口に入れましたが大人しいハト吉でも嫌がるので飲ませるのが大変でした。
 そして、1月3日に薄めずに飲ませた事が原因(としか思えないのです)で夕方から呼吸がおかしくなり、翌朝未明に呼吸困難で緊急事態になってしまいました。
 
 当時は腫瘍が急激に大きくなったのかと慌てたのですが前日まで元気に食べていたのでおそらく粘っこいサプリメントが気管に入り炎症を起こしたのではないかと思うのです。

 3日は苦しそうなハト吉を見ながら一日泣いて過ごしました。

 誤嚥性肺炎も疑いましたが症状は気管から来ている感じだったので酸素吸入なしにステロイドを投与して様子を見た所、2日ほどで回復しました。

 その後はミサトールをやめ、3種類の薬で経過を見ていましたが腫瘍は少しずつ大きくなり、1月10日頃には右目の下がぷくっと腫れていました。
 口の中は歯肉の一部に潰瘍があり、今までより少し食欲が落ちてきた感じでした。

 このままでは食べられなくなるかもしれないので再度O先生に相談しました。O先生曰く、

 「たとえ取りきれなくても減容積(手術で腫瘍を出来るだけ取って小さくすること)した方が痛みも減るし、術後に温熱療法をすれば腫瘍を抑える事ができる可能性がある」

 この言葉に望みをかけてハト吉の手術を決心し、1月13日に手術を受けることとなりました。

 112_2

 手術前日ホットカーペットのカバーにもぐって寛ぐハト吉heart04


 

12月大学病院での検査

 大学病院での検査治療については少し専門的な内容になるので簡単に結果を書きたいと思います。
 
 腫瘍外科専門のO先生診察の結果、腫瘍に間違いないだろうということで術前の検査を行いました。
 血液検査、胸部レントゲン検査、心臓の超音波検査(心雑音があるため)そして腫瘍の分布を見るためのCT検査です。
 
 ★血液検査では白血球の増加がみられましたが他は特に問題なしでした。
 
 ★レントゲン検査では左房(左の心房)拡大がありますが肺は問題なしでした。
 
 ★超音波検査ではやはり左房拡大がありました。さらに左室を2つに分けるように乳頭筋という筋肉のヒダが下から伸びていて、その部分で血液の流れが乱れているとの事でした。
 
 ★CT検査では右上顎の腫瘤に血管がたくさん入り込んでいるので腫瘍に間違いないだろう。さらに右の鼻腔にも腫瘍が拡がっていて左の鼻腔にも少し入っているようだ。そして、上口蓋の骨が溶けてきていて、右の内耳にも液体が溜まっているということが分りました。

 
 CTの画像を見ながら私は涙を止めることができませんでした。 
 ハト吉の腫瘍は手術をしても取りきれず完治は望めないと分ったからです。

 予定ではこの後、腫瘍を出来る限り手術で取り除き、取り残した場合は温熱療法(熱により癌細胞を死滅させる方法)と局所の抗癌剤治療をする事になっていました。
 ところが、年末で診察が大変立て込んでいてO先生が直ぐに手術に入れないため一旦麻酔をきって午後から手術を始めるしかないというのです。
 
 私は家に電話をかけ母と妹に結果を説明しました。
 2人共手術には反対で、取りきれないのなら痛い思いをさせずに家で余生を過ごさせたいという考えでした。
 私も悩んではいたのですが、「治らないのなら手術は痛い思いをするだけだ。これからは免疫を上げて癌を抑える方法で治療しよう」と気持ちを切り替え、その旨を伝えました。

 ハト吉は順調に麻酔から覚醒し、1時間もするとすっかり元気になっていました。 
 午後の列車で家に連れて帰るとご飯をモリモリ食べ、大量のオシッコをしてベットの上でのんびりと寛いでいました。

 そんな姿を見ながら「西洋医学以外の方法で絶対にハト吉を長生きさせるんだ」と強く心に誓ったのでした。

 

癌の経過①

 10月に処置をしてから少し落ち着いていたハト吉の口の異常、11月の初めにまた少し痛みが出てきたのでNSAIDs(非ステロイド系鎮痛剤)を投与した所、痛みもなく状態が安定していました。
 
 11月22日に抜歯した所の歯肉がまた腫れてきて、口唇にも腫れが広がったので抗生物質(ジスロマック)を投与しました。すっきりと治らない事から不安に思いながらも抗生物質と鎮痛剤を投与して経過を見ました。
 今考えると、この時点ですでに「癌」との確信がありながら、真実を知るのが怖くて病気と向き合うことから逃げていたのだと思われます。

 12月に入って抜歯創に柔らかい肉芽組織が出来ていたので無麻酔で細胞を擦り取って漸く細胞診(細胞を顕微鏡で見て腫瘍の種類や悪性度を判定する検査)という検査を行いました。結果は「粘液乳頭腫」という良性の腫瘍で、放っておいても問題ないとの事でした。
 最悪の結果を覚悟していたので正直「よかった~」とほっとしました。

 でも、それからも症状は少しずつ広がっていき上口蓋にもただれたような所が出てきました。
 年末が近づくにつれ不安が増してきたので鳥取大学動物医療センターのO先生に相談したところ「多分悪性の腫瘍だろうから検査と処置を早くした方がいい」と言われ、12月27日に急遽ハト吉を鳥大に連れて行きました。

 鳥取までは列車で2時間の距離ですがハト吉は車中でずーっと鳴きっぱなし。

 朝6時の始発に乗ったため乗客が少なかったのが救いでしたが、敷物を齧ってボロボロにしキャリーのドアをガリガリ引っかき大変な騒ぎでした。着く頃にはもう双方ヘトヘト。     小さな子供さんを連れて公共の乗り物に乗るお母さんの苦労が身に染みて分りました。

 動物にとって移動はかなりのストレスですが、小さい頃からキャリーでの移動に慣れさせておけばいざという時にお互い楽だったと思います。
 普段からキャリーは部屋に出しておいて安心できる寝場所になっていれば良かったです。

 それから、例え癌でも早期発見で完治するものも多いですし、完治しなくても進行を少しでも抑える方法はいろいろとあります。愛猫を守るために、まずはきちんと「診断」する事が大切だと思います。

始まりは口の異常

ハト吉の口の異常に気が付いたのは9月半ば頃でした。
 少し前から口の周りが汚れていて粘っこい涎が出ているのが気になっていたので口の中を見てみると歯肉が赤く、舌の両側に小さい潰瘍が出来ていました。口内炎だと思い治療しましたがあまりよくならず、10月初めに右上顎第3前臼歯(一番大きい臼歯の1個前の歯)の歯肉がぷくっと腫れてきたので「歯肉炎がひどくなって腫れているのだな」と思い、年齢的に心配はありましたが麻酔下で処置をする事にしました。
 血液検査では異常がなかったのですが聴診で心雑音があり、麻酔のリスクが心配でしたが処置は順調に終わり、麻酔からの覚醒もスムーズで一安心でした。
 第3前臼歯はグラグラしていたので抜歯し、腫れていた歯肉を押すと抜歯した穴からモロモロしたクリーム状の物が出てきたのでその部分を洗浄してきれいにしました。その後ろの臼歯は一部歯の根本が出ているのが気になりましたがグラつきがなかったので全体を歯石除去して処置を終えました。
 昼休みにふと、「さっきのクリーム状の物、膿ではないようだったけどまさか腫瘍じゃないよね」と気になりましたが「まさかうちのハト吉が癌なんて・・・」とその考えを打ち消したのです・・・今思うとあの時なぜ検査しなかったのかと悔やまれますが・・・。
 
 動物の口腔内腫瘍は腫瘍全体の中では比較的少ないものです。特に猫では遭遇する機会が少なく、私はこの15年の間に4例くらいしか経験がありません。
 そんな事からも「まさか自分の家の猫に限って口腔内の癌になる事はないだろう」と楽観的かつ希望的観測でいたのです。

 ハト吉が癌と分ってからいろいろな文献を調べました。
 そこで分ったのは“老齢の猫の場合口腔内の疾患では癌を疑わなくてはいけない”という事。
 歯肉炎や歯周炎は老齢の猫ではほとんどの子で見られる症状です。歯石がひどく歯がグラグラしている猫ちゃんもたくさんいます。
 日常的によくある症状なのであまり深刻に考えていなかったのですが、歯に異常がある場合は常に腫瘍の可能性も考えなければいけない。そして、「もしかして・・・」と思ったら最悪な場合を考えて検査をする事。
 ハト吉のような病気で苦しむ動物を1匹でも減らすための知識。
これが私がハト吉からもらった贈り物の1つです。

ブログについて

 このブログは愛猫ハト吉の癌闘病記録です。

 

 病名は口腔内扁平上皮癌。

 

 約7カ月の闘病生活でした。

 2011年7月16日早朝、ハト吉は虹の橋に旅立ちました。

 

 

 私は獣医師です。

 癌の治療については随分悩みました。

 

 何を選択するか、どこまでやるか・・・。

 完治が難しい癌の場合、情報や知識がたくさんあればあるだけ迷う事もあります。

 

 外科手術、抗癌剤、放射線治療、免疫療法、東洋医学、ホリスティックケア・・・などなど。

 

 どれを選択するのが正しいのか、どうすれば治るのか。

 悩みはつきませんでした。

 

 そして、自分で治療を選択する事の難しさを身にしみて感じました。

 

 ハト吉の闘病中、何より辛かったのが悩みを相談する相手がいないと言う事でした。

 獣医師だからと家族からも治療やお世話の全てを任されていました。

 治療に迷った時も結局自分で決めるしかなく、悪くなっていくハト吉を前に右往左往しました。

 嫌がる治療も毎日しなければならず、大好きなハト吉が私を見ると逃げようとする辛い時期もありました。

 それでも7カ月、病気のハト吉と笑ったり泣いたりしながら過ごした日々は宝物のように大切な日々です。

 

 このブログはハト吉が旅立った日に始めました。

 

 私たちの闘病の経験が病気の猫ちゃんを抱えて悩んだり迷ったりしている方たちの参考に少しでもなれば、そして、ハト吉と過ごした日々の楽しかった事も苦しかったことも大切な思い出として記録したいという思いでした。

 

 闘病記は思い出すと辛い事もあり、なかなか書くことが出来ずに時間が経ってしまいました。

 今でも思い出すと胸が痛くなることもありますが、少しずつですが書いていこうと思います。

 

 私がもらったたくさんのハト吉からの贈り物。

 どうか皆さんと大切な猫ちゃんとの幸せな時間が長く長く続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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